雑記 - note -

【禅】執着を捨て去り物事を正しく認識する「驪龍頷下の珠」の譬え【荘子・列禦寇篇】

昔、ある人が、宋の王様から褒美として十台の車を賜りました。
それを自慢して荘子に話したところ、荘子はこんな話をしました。

「黄河のほとりに、ヨモギを編んで生業にしている家があった。
ある日、息子が黄河の淵にもぐって大変値打ちのある真珠をとって帰ってきた。
それを見た父親は、いますぐその真珠を砕いてしまえと言う。
その真珠は、深い淵の奥底の黒竜のあごの下にあるものだから、
黒竜が眼を醒ますと、そなたは食われてしまうに違いないと説明した。

そのような話をした後、荘子は続けました。

宋の王様の恐ろしさは、黒龍どころではない。
いまはそんな褒美をもらって喜んでいるが、そのうちに大変な目に遭うことになる、と。

(『荘子』列禦寇篇)

 

荘子が語る「息子がとってきた真珠」を頷下之珠(がんかのしゅ)といいます。

現代でも使われる四字熟語であり、意味は、千金の珠玉、貴重な宝です。

頷下之珠は「キセキ」の象徴とされます。

禅では、この言葉を引用し、いかに素晴らしいものであっても、それに執着してはいけない、と説きます。

 

何か一つ上手くいったら、すぐに捨てて次に行きなさい

なにか良いことが起きると人は喜びます。

彼女や彼氏ができたとき。
会社で仕事がうまくいったとき。
学校で良い成績をとれたとき。

そんないい出来事を待ち望んで、人は毎日がんばっています。
テストで良い点数を取ることができれば、学生の日々の努力は報われるでしょう。
頑張った甲斐があったと喜ぶのは当然です。

しかし、禅では「良いことがあったら、すぐにそれを打ち捨てよ」と教えられます。

「良いことがあったら、すぐにそれを打ち捨てよ」
こう聞いて、すぐに理解できる方は幸いです。
どうぞ、その心を大切になさってください。

「良いことがあったら、すぐにそれを打ち捨てよ」
こう聞いて、反発心が沸き起こった場合、どうぞ冷静に自身の心を観察してください。

 

宝くじに当たると破産する

あなたが宝くじがあたったとします。
労せず大金が銀行口座に振り込まれ、歓喜の心に包まれるでしょう。

ですが、宝くじに当選した人の7割、8割は破産すると言われています。(正確な統計データなし)
また、2005年、サマージャンボ宝くじの1等2億円に当選した岩手県の女性は、交際相手の男性に殺害されています(判決は懲役15年)。

少し不穏な空気になってきました。
仮に破産することも殺害されることもないとしましょう。

宝くじが当たったあとのことを想像してください。
高額当選を他の人が知れば、あなたに“おすそ分け”を求めに来ます。
家族の間では、当選したお金を何に使うかの会話ばかりとなり、日常生活の話題は無くなっていきます。
あなたはだんだんと人を疑う心が大きくなって、信用できる人がいなくなるかもしれません。

これが“労せず得たお金”の魔力です。
あなた自身が気をしっかり持ったとしても、周りの人はあなたへ嫉妬の心を向けます。
この資本主義社会で、その嫉妬を完全にシャットアウトできるかが問題です。

ここで禅の「良いことがあったら、すぐにそれを打ち捨てよ」を思い出します。

宝くじで2億円当たりました。
銀行口座に振り込まれたら、すぐにそれを打ち捨てられるか、です。
少なくとも5000万円は、慈善団体へすぐに寄付してできるか、です。

 

大人は成功体験を捨てられない

もう少し身近な例を出しましょう。

近頃の若者は我慢ができないと言われます。
会社で出世した上司たちは、若い時に苦労してがんばってきたのに、
それを新入社員に求めるとすぐにやめてしまう、ということです。

おおよそ「俺の若い頃は」という話が始まります。
実際に困っているという社長“側”からの相談も受けました。

新入社員がすぐ辞めるのは単純に時代が変わっているからです。

昔と今は環境が違う、ただそれだけです。
今は、昔のように社会に夢があるわけでもなく、定年までの保証もありません。

過去は過去。現在は現在に適した方法を取らないとうまくいかないのは当たり前です。

人を育てる立場にあるのなら、
「成功体験は捨ててください」ということです。

成功体験に執着すると、目の前の現実を正しく認識できません。
大きな心理的バイアスがかかるからです。

過去の成功体験というフィルターを通して見てしまうと、
それに矛盾する現実の情報を脳はカットします。

いくらうまくいったことがあったとしても、その“良い出来事”は過去に流れていきます。
世の中はどんどん移り変わり、最善の方法は常に思案し続ける必要があるのです。
それが私たちの学びです。

 

驪龍頷下の珠

頷下之珠は、良い出来事、奇跡的なことの譬えです。
良いことが起こったとき、人はそれに執着しがちです。
執着すると慢心が起こります。
慢心すると学びを怠ります
成長が止まるのです。

成長を忘れた人間は、同じ間違いを繰り返します。
間違いを繰り返すと、間違いがどんどん大きくなっていき、最終的には、自身がその大きな間違いに飲み込まれてしまいます。
最期は黒龍に殺されてしまうのです。

この世は成長のための修業場です。
名誉であれ、評価であれ、金銭であれ、なにか良いことが起きたら、すぐさまそれを捨て去るのが肝心です。

真の意味で素晴らしい偉業を成し遂げられる人は、決して過去の自分の栄光に左右されません。
一つの良い出来事を経験したとしても、まるで何事もなかったかのように、次の全く新しい一歩を進め始めます。

執着がないから、正しく物事を認識し、正しく選択ができるのです。

「手に白玉の鞭を把って驪珠、尽く撃砕す」

【書評】『人生は引き算で豊かになる』金閣寺銀閣寺の住職が教える禅の生き方【有馬賴底著】本書のテーマは、執着心を手放すことです。 そもそも人の心は穏やかなものです。 満ち足りた気分で日々を送れるようにできています。 ...