書評 - review -

【書評】『人生は引き算で豊かになる』金閣寺銀閣寺の住職が教える禅の生き方【有馬賴底著】

本書のテーマは、執着心を手放すことです。

そもそも人の心は穏やかなものです。
満ち足りた気分で日々を送れるようにできています。

誰も争いたくないし、誰も苦しみたくありません。

ただ現実世界では、様々な苦しみがあるでしょう。
アメリカでは、ここ20年ほど自殺率が上昇を続けており、戦後最悪の水準に達しています。
日本でも、ここ数年の自殺者数は低下傾向にあるものの、未成年の自殺件数はいまだ上昇し続けているのが現状です。

そんな悲惨な状況にも関わらず、アメリカの後追いを続けている日本に強い危機感を覚えます。

先進国におけるメンタルヘルスの悪化は大問題です。

死を考えることはなかったとしても、うつで会社や学校に行けなくなったり、
一向に豊かにならない日本、将来の見えない生活に不満を持っている人は多いはずです。

この原因は、そもそもの国家計画の失敗にあります。
日本人は伝統的に、心の豊かさを守る思想を大切にしてきました。

江戸時代、諸外国から日本は開国を求められました。
彼ら思惑として、経済的な利益はもちろんですが、
日本という未開の島国にキリスト教を授け、文明国に引き上げてあげようという善意もあったようです。

しかし、日本と通商条約を結ぶために、アメリカから派遣された外交官のタウンゼント・ハリスは以下の日記を残しています。

日本人は「皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。
一見したところ、富者も貧者もない―これが恐らく、人民の本当の幸福の姿というものだろう。
私は時として、日本を開国して外国の影響をうけさせることが、
果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以(ゆえん)であるか、どうか、疑わしくなる。

私は、質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも、
より多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、
現在の日本の顕著な姿であるように思われる」(『日本滞在記』ハリス著 坂田精一訳 岩波文庫)

 

どうでしょうか。
日本は、そもそも豊かだったのです。

学校教育では「江戸時代は貧しい時代だった」などと語られますが、
少なくとも人々の心はとても豊かでした。

その理由は、神道という信仰心、仏教という哲学、禅という日常の生き方を大切にしていたからです。
助け合いの心で心清く生きる人たちは、日常を楽しく生きることができます。

現代は、人類史上でも最速のスピードで情報が増えています。
みなが情報過多に陥り、無用なモノを大切だと刷り込まれ、日々に不全感を覚える社会です。

物質面の豊かさが悪いわけではありません。
輝く物質に囚われ、心の豊かさを捨ててしまったことが疲弊感を生んでいるのです。

モノもココロも豊かに、そんな社会を目指すためにも、
日本人がずっと大切にしてきた「禅の精神」を思い起こしていただければと思います。

 

足るを知ることが豊かさとなる

本書で語られる中心は、執着心を手放すことです。

当然ですが、人には欲望があります。
簡単に云うと、この欲望が執着心を生み、私たちを苦しませます。

しかし、欲望がなければ人は前に進めません。
この前に進むための原動力を「意欲」といいます
意欲は非常に重要なものです。

人間にとって問題となるのは、自身でコントロールが効かなくなった欲望です。
ただの欲望が、膨らんで膨らんで暴走する強欲となるからこそ、人は苦しめられるのです。

現代は情報社会であり、次から次へと「煩悩を焚きつけるため情報」が、目の前に飛び込んできます。

資本主義とはそういうものです。
欲望は、人を前進させる原動力であり、消費者の欲望をコントロールすることで、商品がどんどん売れます。

だからこそ、禅が重要なのです。

釈迦はこう語りました。
「足るを知る人は豊かであり、足るを知らない人は貧しい」

知足之人雖臥地上猶為安樂。(足ることを知る人は地面に寝るような暮らしをしても安楽だ)
不知足者雖處天堂亦不稱意。(足ることを知らない人は豪邸にいても満足することがない)「遺教経」

煩悩に振り回され、強欲のまま生きるのは「無間地獄」です。
コントロールができないから「執着」といいます。

禅は「放下着(ほうげじゃく)」という執着を離れた生き方を教えてくれます。
大切だと誤解していることを手放し、本当に大切なことに気づく生き方です。

『人生は引き算で豊かになる』

本書では「禅の生き方」を、具体的に36のヒントとして紹介しています。

1章、こだわらない、とらわれない
2章、かざらない
3章、「今日」を丁寧に生きる
4章、「捨てた」分だけ楽になる
5章、何が起きても大丈夫
6章、幸せは「自分の足下」にある

禅の基本は、「整える力」「捨てる力」「転ずる力」です。
また、難しい学問のようなものでもなく、「平常心是道」と言われるように日常の生き方を大事にします。

ごくごく普通の、当たり前の生活の中に、悟りへの道が隠されているということです。

「身の回りを整える」「人とは仲良くして、相手を尊重する」など、簡単なことばかりです。
しかし、その簡単な行為の中にこそ、仏となるための気づきが詰まっているのです。

「日常生活を、そのまま仏道修行に変えてしまう」そんな魔法のような方法が禅です。

 

禅の精神が世界に普及し、人類が真の意味で豊かになることを切に願います。